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HISTORY

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初の個展/人の縁で“あれよあれよ”と

20歳の頃から、自身のために思うがまま、リバーサルフィルムで撮り続けてきた。綺麗なものというより、何か感じる、隠れた美を追ってきた。どう切り取りどう表現するか、写真家としての重要な感性を磨くトレーニング。発表する意志の全くない、私だけの心象風景フォト。 ヨーロッパを訪れ、歴史の重みがにじみ出る街並みに圧倒され、魅せられた。フランスではルーブル美術館やエッフェル塔、ムーラン•ルージュ。イタリアはヴェネチアの運河、サン•マルコ広場。道ばたの朽ちた椅子、路地に馴染むごみ箱。はがされ、幾層にもなった壁のポスター跡…。光と影に感じる神秘、暮らす人々の息遣いを感じる光景を切り取り続けた。 
ロータリークラブ四国地区の会報誌で1年間表紙等の写真を担当し、香川県内の「見慣れた風景、建物などを違った視点から」をテーマに撮影した。
このヨーロッパと香川の作品をお世話になった人たちにポストカードにして贈ると、「個展を開こう」との強い反応が複数から寄せられ悩んでいた時、インテリアモリシゲの社長(当時)が証明写真撮影に偶然来館。元社長は企画力、影響力、センスがあり、写真を見せて個展の会場候補を相談した。
「うちでやろう」想定外の返答に驚き、瞬時に「それは無理」と私は答えた。しかし作品を見た上での判断、ようやく決心がついた。すぐに各地の美術館やギャラリーを巡り、額縁からレイアウトまで自分で決めていった。

■ こうして初の個展は人の縁により“あれよあれよ”と進み、高松市内有数の画廊リブモリシゲ(110坪)で、1998年3月6日~15日に「欧州・讃岐路散撮展」を開催。初日のオープニングパーティーにも大勢の参加。地方の展覧会で写真を販売する発想がない時代に120点を展示し、最終的に50点を購入頂いた。  翌年東京銀座・富士フォトサロンで開催。2002年には「スペイン、その風」をテーマに高松三越美術画廊、翌月に再び富士フォトサロンで個展を開いた。人とのつながりのおかげで、思わぬ経験ができた。

 ■  第一線で活躍する主に30代、40代の女性を取り上げる、四国新聞社の土曜版連載「ANEGO アコガレノヒト」(2005年10月~07年9月、95回)の写真撮影を担当した。多彩な職種、経歴を持つ95人の女性はみな個性的でパワフルだった。
職種、環境を生かしながら、時には遊び心を入れて撮影した。香川大助教授はスタイルよく背が高いので、宝塚の大階段のようにスタジオのらせん階段を降りるイメージで撮り、ダンサーにはクシャクシャにした巨大な紙の筒の中から、舞台に飛びだすようなシーンをつくった。人体模型の骸骨を持参の整体師は、仕事仲間として肩を組んだポーズで切り取った。
女性の活躍に日本はハンディが多い。ただ95人の女性は様々な困難を乗り越えようと闘っていた。日本は間違いなく女性の時代到来と感じていたので、新聞という媒体にうってつけの企画だった。
(福家スタジオ社長)

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