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HISTORY

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北海道2人旅/おおらかな時代、人は優しかった

東京写真短期大学(写大)で最も印象深いのは、後に日本肖像写真家協会会長となる松野崇君との2年生夏休み北海道二人旅。当時「国鉄30日間乗り放題」の切符があり、これをフル活用した。テントを提げ、東北本線から青函連絡船に乗り函館にやっと着いたが、想定外の寒さに震え上がり、真夏なのに、長袖ジャンパーを買った。

長万部駅で発車待ちの間、ホームにいた機関士と助士に話し掛けた。私たちが撮影旅行と知ると、機関士は「荷物を持って来いよ」と、何と蒸気機関車に誘ってくれた。今なら懲罰ものだと思う、おおらかな時代だった。トンネルに入る前、昭和新山にカメラを向けた私たちに、機関士がスピードを緩めてくれ、〝特等席〟からナイスショットが撮れた。

トンネルの中は煙突の煙が立ちこめ、松野君も私も室蘭に着く頃には、白色のジャンパーがねずみ色になり、見合わせて笑った。お礼代わりに石炭くべも手伝った。終点室蘭で別れた機関士は若い頃の三國連太郎にそっくりのかっこいい男だった。

オロロン鳥の生息地、天売島・焼尻島も絶景だった。夜、よろず屋で買って海に漬けておいたビールを飲みながら寝転がると、360度満天の星。流れ星が絶えず行き交う未知の光景に感動し、いつまでも見上げていた。

旭川近くの、写真の町として知られる東川町の同級生の所にも寄った。札幌では、プロ現像所の寮でやっかいになり、その現像所へ数日通い、カラープリントの勉強をさせてもらった。

■ 帰路、松野君のふるさと・静岡に寄り一泊する。翌晩2人で宇野行きの寝台列車に乗り込んだ時、切符の有効期限最終日になっていた。「その日のうちに乗車していれば大丈夫」と思っていたが、翌朝、検札に来た車掌に「期限切れ」と言われた。所持金は500円。切羽詰まっているので、しっかり交渉。とうとう車掌は根負けしたのか、通してくれた。

人は皆優しかった。身勝手な若者2人旅に臨機応変に対応してくれた人たちに助けられ、最後まで思い出に残る北の旅だった。

■ 写大2年の秋、売り出し中の人気写真家、立木義浩氏の「舌出し天使」を見て衝撃を受けた。書店でカメラ雑誌を見ていた時だったと思う。ハードなメルヘンと言えばいいのか。美しいものを美しく撮影するだけじゃない。甘い気持ちにさせながらピリッとした感性があり、アンニュイな雰囲気もある。時代を捉えた新鮮さに心を奪われた。
写真館の跡継ぎは都会の有名写真館で修行するのが常識だったが、私は人と違う勉強がしたかった。立木氏の作品と出会って心に決めた。『この人から学びたい』。ファッション、広告、雑誌、映像とさまざまな分野で活躍する立木氏の仕事が見られ勉強できる助手にと、後先考えず志願した。
(福家スタジオ社長)

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